江戸切子 そもそも江戸切子職人とは シンプルと複雑と ~江戸切子職人の家で育った私の考え方~ -江戸切子の店 華硝-

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そもそも江戸切子職人とは

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江戸切子の職人的思考について検証したことを日々綴ります。

シンプルと複雑と ~江戸切子職人の家で育った私の考え方~

 インテリアに関して。
 以前に英国にて、もとB&Bをやっていたという、海の見える丘にたつ、素敵なおうちにホームステイしたことがある。
 家の中は、至る所に植物が飾ってあり、サンルーフのある部屋には、飾り物がぎっしきりと置かれ、
インテリアとしては「ごちゃごちゃ」していたが、 
 その家にいると、とても気持ちがあたたかになった。

 日本の家とはサイズが違うので、大きいから、たくさんの雑貨があっても、広く感じたのかもしれないけれども、
住んでいる人が好きなものを楽しみ、訪れた人も、楽しませてもらえるという心の交流がある家であった。

 ミニマリストはモノを持たないという考え方も好きだし、私も、今、断捨離中のため、モノを増やすことは減らそうと決めている。
 モノに支配されるライフスタイルはやめようと思ってはいる。

 けれども、自分の家が、スッキリしていく度に、飾り物でぎっしりだった、あの英国の家を思い出さずにはいられない。

 ごちゃごちゃしていることは決して悪いことではない。
 シンプルでいることが決して正しいことではない。


 弊社では「手の込んだシンプリシティ」というコンセプトでものづくりをしている。
 以前に、ブランディング専門の会社さんと一緒に、弊社について寄り添い考えていただき、

 華硝さんといえば、「手が込んでいるのにシンプルに見える作品である」と表現してくださった。


 手が込んでいるからこそ、シンプルな気持ちでモノを見ることができる、
 私もこの言葉を学ばせて頂く機会となった。

 手が込んでいないこをシンプルと表現するのではなく
 手が込んでいることをシンプルと表現する、そういった考え方なんだと思っている。


 ミニマリストの佐々木典士さんの本を拝読したときに、
佐々木さんがミニマリストに至るまでの、洞察や考えは、決して「シンプル」ではない。


 シンプルにいたるまでに、佐々木さんの内面はとても複雑であった。
 最初はモノが溢れる汚部屋であった。


 英国の家はごちゃごちゃしていたのではなく、家の主の「好き」というシンプルな気持ちが伝わってくるものであったし、
 佐々木さんのシンプルも、モノがないからシンプルではない。

 弊社の技である「米つなぎ」も一見カットは米つぶの繰り返しだし、シンプルな技に見えるが、
この技には、どのような複雑な紋様も繊細にカットできる技能があるからこそ、実現できている。


 シンプルなものほど複雑なものを抱えている。


 伝統工芸品は代を重ねて、シンプルさを表現してきたものである。
 だからこそ美しい。
 時間を重ね、技を重ね、長く重ねてきた「重い」ものがあるからこそ、シンプルになってくる。


 イージーであったり、スピーディであったり、それも時には美しいけれど

 重さがあるからシンプル。
 手が込んでいるからシンプル。
 複雑だからシンプル。

 という考え方も一つなのかなと考えています。
 シンプルって、ごちゃごちゃを通り過ぎないと得られないものなのかもしれないですね。

 

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